山口県光市立浅江中学校内のコミュニティ・ルーム(あさなえルーム)についての質問に、山口地域連携教育アドバイザー木本育夫先生と浅江中学校伊藤幸子校長先生から回答をいただきました。ここでは、回答や聞き取りをもとに作成したレポートの一部を紹介します。

子どもたちが地域のおとなたちといつでもふれあうことができる

浅江中学校は、平成21年度に文科省コミュニティ・スクール調査研究校となり、平成23年度から光市にコミュニティ・スクールに指定されました。今年で10年の節目を迎えます。学校を「あさなえJネット」と呼び、未来を担う人材の育成を教育活動のテーマにしています。あさなえJr(ジュニア)と呼ばれている生徒たちは、民生委員が行っていた住民へのお弁当の配達、地元消防団との合同訓練、お年寄り宅の大型ゴミ搬出など、交流やお手伝いを通して地域コミュニティへの貢献活動を積極的に行っています。

「15歳は地域の担い手」という旗印のもと学校から地域への働きかけが行われています

あさなえJネットのコミュニティ・ルームは、地域の人たちがフラッと立ち寄れる場所として、生徒昇降口のすぐ近くのとても入りやすいところに設置されています。

あさなえルームは、学校近隣の人たちがお茶を飲んだり、話をしたりする場所として地域に開放されていますが、ここを利用する人たちが生徒たちと挨拶を交わしたり、話をしたり、自然な交流やふれあいが増えることで、生徒や教職員の気持ちに変化が生じたようです。つぎのような感想を、校長先生はお持ちでした。

  学校の空気が、これまでよりやわらかく感じられるようになりました

コミュニティ・ルームとして現在のあさなえルームを開いて5年目になります。今では、利用する地域の人たちどうしがつながり、教室や廊下などを自宅の庭に咲く草花で飾ったり、校舎の修繕を手伝ったり、学校を支援する活動(「あさなえフラットデー」)やALTと一緒に英会話を学ぶなどの活動が続いています。このようなコミュニティ・ルームの効果を、つぎのようにまとめてみました。

○ 子どもたちは、学校で地域のおとなといつでもふれあうことができる

○ 人が人を呼び、多くの住民が学校の活動を協力してくれるようになる

○ 住民どうしがつながり住民がたのしみながら学校支援活動をはじめる

生徒たちは、コミュニティ・ルームを利用するおとなたちが、学校内で英会話など何歳になっても学び続ける様子、学校にあふれる花々や丁寧に修繕された校舎など、将来のことや地域のことを自分の問題として考えられる環境がつくられていったように思います。いつも学校に教職員以外のおとなたちがいて、生徒たちと挨拶をしたり話をしたりすることが、少しずつ学校の内と外を隔てる垣根を低くし、いつも子どもたちの目の届く、声の及ぶ、直接ふれあえるところに、様々な知識や経験を持つおとなたちがいることは、まさに「地域とともにある学校」そのものです。教育現場では、これまであまり意識されてこなかった子どもとおとなとの世代間の関係としての「ナナメの関係」が、数えられないほどつくられていることは、あさなえJネットの強みになっています*。

このように、おとなたちの見守りの中で育つ中学生たちの心は穏やかで、おとなからやさしい表情で「立派だね」「すごいね」と声をかけられたり、小さなことでも褒められたりする機会も多くなり、勉強や学校の様々な活動に対して積極的に取り組む生徒たちが増え、具体的な成果となって現れてもいるようです。このことを、教職員や自治会スタッフとの意見交換の場で話題にしたところ、中学生のとき、自分なりに努力していることをおとなに褒められることで、頑張ることをたのしめていた経験は、誰もが持っていることが分かりました。

学校だよりとして発行されている「あさなえJネットNEWS」や浅江中学校公式ブログを読むと、あさなえJrたちは、学校運営協議会に参加しプレゼンを行ったり、あさなえ高齢者(認知症)見守りネットワークと一緒に活動をつくったり、潮音寺山まつりにスタッフやボランティアとして参加したり、彼らが地域コミュニティの活動へ積極的に参加し、ときには参画し、その活躍する様子には驚かされます。このような地域コミュニティの課題に向き合い、体験をともなう活動がつくられることで、子どもどうしの「ヨコの関係」に、おとなたちとの「ナナメの関係」を加えた学びのかたちがあることに改めて気づかされました。コミュニティ・スクールとして10年目を迎えた今年を起点に、今後、浅江中学校が地域コミュニティの課題と向き合う学習モデルをどのように発展させるのか、たのしみです。

コミュニティ・ルームは、学校近隣の人たちがフラッと立ち寄ることができる開放的なスペースとして設置されましたが、その背後には、生徒がおとなとかかわり合うなかで、何かを学んでほしい、あるいは気づいてほしいという教職員の願いがあったように思います。このようなコミュニティ・ルームの目的を、現在行われている生徒の様々な活動に重ねると、教職員が中学生の学びそのものを問い直そうする問題意識を持っていたことが分かります。浅江中学校では、未来を担う人材を育成するには、従来型の教科ごとに定められた知識や技能を身に付けるアチーブメント中心の学力から、友だちやおとなたちと協働し、一緒に何かをつくり出すための能力を身に付けることが必要と考え、中学生を対象にした課題発見型の学習へと舵を切るために検証的な実践が行われているように思えます**。

〔付録〕千葉県習志野市立秋津小学校のつぎは、山口県光市立浅江中学校のコミュニティ・ルームの紹介になります。山口県のコミュニティ・スクールは、県の関係者から「学校運営」「学校支援」「地域貢献」の3つの機能を強化する目的で全県に導入されると聞いたことがありました。そのとき、驚いたことを思い出します。今回、コミュニティ・ルームの事例紹介で取り上げることになった浅江中学校(あさなえJネット)の実践を通して、コミュニティ・スクールと学力との関係について、とても新鮮でリアルな視点が得られました。コミュニティ・スクールにとって、アチーブメントに偏った学力観から、身に付けた知識や技能を応用し、大きく変化するリアルな社会で学びつづけられるコンピテンシー(実践的な力)を伸ばす方向へ、バランスよくシフトする必要性があるように思われます。浅江中学校のコミュニティ・ルームは、このようなストーリーを自らつくるために有効なツールであったことが分かります。

伊藤校長先生が、メールにつぎのように書かれていたことがとても印象に残っています。

今後、どのような可能性が出てくるのか、まだまだゴールの見えないところに、コミュニティ・スクールのおもしろさがあるのではないかと思います

次回は、コミュニティ・ルームの運営など、伊藤校長先生への質問と回答を紹介する予定です。

 * 磯村英一 「都市問題読本」 pp.123-128  (ぎょうせい 1991) . 宮澤康人 「教育関係の歴史人類学」 pp.22-54,  pp.208-213 (学文社 1992)
** 2016年5月、G7教育大臣会合で採択された「倉敷宣言」の「1. 教育の果たすべき新しい役割」の「(2) 新しい時代に求められる資質・能力」 (” Competencies Required in the New Era ” pp.3-4) を参考しました。